カラオケ上達実践バイブル

意外に知らないカラオケの歴史について

今日はちょっと趣を変えまして、意外に知らないカラオケの歴史、ということで

 

ナツミの成長とともにカラオケの歴史を振り返ってみようと思います。

 

 

まず、、カラオケという機械そのものがなかった時代。

 

夜のスナック街で、「流し」と呼ばれるギター演奏者が飲み屋を回りながら、

 

飲み屋にいるお客さんのニーズに合わせていろいろ演奏していました。

 

お客さんは、流しの人のギターを伴奏にして歌っていたのです。

 

これはまだまだ、ナツミが生まれる前の時代。。

 

 

その後、流しの人が来ない日でもお客さんが歌を歌えるよう、

 

あらかじめ流しの人の演奏を録音しておいて、それをお店で流すようになりました。

 

これがカラオケの「ルーツ」なのです。

 

 

流しの人の録音曲数が増えれば増えるほど、お客さんのレパも増えてきます。

 

今の時代で言うと「新曲配信」ですが、この時代の場合は、

 

一曲一曲を手動による録音で作ったテープカラオケでの提供だったわけです。

 

これが、だいたい1970年代半ばのお話。

 

このあたりでナツミが生まれました(笑)。

 

 

夜のスナック街で、だんだんカラオケという娯楽が市民権を得てきますと、

 

ビジネスとして、専門の業者さんの参入が始まるようになります。

 

パイオニアとか、今もカラオケトップメーカーである第一興商。

 

専門業者は、これまでの流しの人による手動録音のカセットテープではなく、

 

映像+生バンド演奏をレーザーディスクで提供するカラオケサービスを始めます。

 

 

・・・レーザーディスクと言っても若い人にはピンと来ないと思いますが。。

 

カンタンに言えば、ものすご〜〜く大きなCD(笑)。

 

直径が、ピザーラの一人前ピザよりももう少し大きいくらいのサイズです。

 

当時はそれでも超最新のハイテクメディアだったのですよっ。

 

 

カラオケの機械も、今のようなキー調整機能が実装されたりなど、

 

このあたりから、カラオケのコンテンツが少しずつグレードアップしていきます。

 

これがだいたい1980年代前半ごろのお話。

 

ナツミは小学生で、「ザ・ベストテン」をよく見ていた頃です。

 

 

さてさてこの時代までのカラオケは、言わば「オトナの遊び」。

 

夜の飲み屋街での、サラリーマンのお父さんのための娯楽でした。

 

 

この後、カラオケが若者や女性に受けいれられる画期的なサービスが登場します。

 

それが、いまやみなさんご存知の「カラオケボックス」。

 

 

それまでのカラオケとは、スナックの席での「余興」として扱われるものでした。

 

でも、カラオケボックスは、スナックと違って「歌うこと自体を目的」としています。

 

このカラオケボックスの登場で初めて、純粋に歌うことを楽しむ場が誕生したのです。

 

 

ちなみに、日本で最初のカラオケボックスは、岡山県岡山市で生まれました。

 

その名を「イエローボックス」。

 

文字通り、黄色い箱の形をしていました。

 

 

なぜナツミがそんなことを知っているのか?

 

それは、、ナツミも同じ岡山市出身だから(笑)。

 

 

当時、長期休みに入る前になると学校で、

 

「子供だけでイエローボックスに行ってはいけません」とよく注意されました。

 

当時は、「カラオケ用の個室」なんてまったく得体の知れない存在。

 

なので、非行の温床と見られていたらしいのです。。

 

まあ実際、そういう問題はあったらしいですが。。

 

あ、このあたりはナツミの中学生時代のお話になります。

 

 

さてさて、このイエローボックスも、(色はともかくとして)様々に形を変えて、

 

あっという間に日本全国に普及していきました。

 

で、1990年前後には、カラオケボックスは一般的なものになったと思われます。

 

 

・・・そう考えると、私たちがこれだけ親しんでいるカラオケボックス。

 

生まれてから、まだほんの20年ちょっとしか経っていないのですね。。

 

 

さてさて、このカラオケボックスの普及によって、

 

夜のスナックに行くことのない女性や若者でも歌を楽しめるようになり、

 

カラオケ文化が今後ますます根付いていくことになるのですが。。

 

 

ここでひとつ大きな問題がっ。

 

それは、、この地点でのカラオケ音源の主流である「レーザーディスク」。

 

 

カラオケボックスの普及によって、若者がカラオケを利用し始めたはいいのですが、

 

若い人たちというのは、最新のヒット曲を歌いたがることが多いもの。

 

ナツミもそうでした、はい。

 

 

しかし、レーザーディスク形式の場合、、ディスクである以上、

 

生産したり配達する必要がありますので、どうしても新曲配信が遅くなります。。

 

さらに、曲数が増えれば増えるほど、レーザーディスクの数も増えていきます。

 

つまり、、カラオケの機械にすべてのディスクが収まりきらなくなるのです。

 

 

お客さんからの新曲配信の要求と、レーザーディスクのストックの問題。

 

 

ところがこの後、これらの2つの問題を一気に解決し、

 

カラオケ文化をも一気に変える画期的な発明が登場します。

 

 

・・・思いのほか長くなってしまいました(笑)。

 

というわけでこの続きは次回のお話とさせてください〜。

 

 

次回は、画期的な発明〜小室サウンドブーム〜参入型カラオケ〜そして現在。

 

このあたり、カラオケの歴史から今に至るまでをお話いたしますね。

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